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もう一つの家族――「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(45)(オルタナ) - Yahoo!ニュース

 銀行の仕事を終えた松山一樹は賑やかな表通りから細い路地に入り、アパートに帰ろうとしていた。今夜、1階の空き部屋にようやく待ちかねた入居者が来るというので歓迎会が用意されていたが、残業で少し遅れてしまった。心に引っかかることがあって欠席したかったがそうもいかなかった。 「遅いぞ、松ちゃん。毎日毎日、働き過ぎだよ。せっかく降角エミさんが入居した記念すべき夜だというのに」  中央の車いすで屈託なく笑っているのがどうやら新しい入居者のようだ。降角という珍しい名前だからまさかとは思っていたが、悪い予感は的中した。ずいぶんきれいになっているが昔の面影がある。間違いなく小学校でいじめた、あのエミだ。  既にアパートの住人は全員が顔をそろえている。福祉関係のNPOが健常者と障がい者の共同住宅「アナザー・ファミリー」を都心に建設したのは昨秋のことだ。土地が篤志家からの寄付だったため家賃が格安で入居希望者が殺到した。  2階の4部屋に住む健常者は松山のほかは障害者イベントを手掛けているコックの山下、都庁福祉課職員の綾子、それと管理人を兼ねているNPOスタッフの真理だ。松山は大手銀行に勤務していることに加え、交通事故で半身不随の弟がいることが有利に働き、障がい者のよき理解者として入居できた経緯があった。  1階の障がい者用4部屋は入居者決定に手間どった。「自分で身の回りのことができる」「働いている」という厳しめの条件を課したためもあるが、一番ネックになったのは実は障がい者の親だった。  親が高齢の場合、障がいのある子どもがもらっている年金が生活の支えになっており、子どもを手放さないケースが多いのだ。すったもんだの挙句、アスペルガー症候群のタカシ、若年性アルツハイマーのユキオ。ダウン症のユカリ、そしてエミが入居することが決まった。  エミについては、勤務先のIT企業からスウェーデンへ留学が終わりかけていたことから特例として帰国後の入居が認められていた。果たして、エミは昔の自分のことを覚えているだろうか。 「松ちゃん、あなたの今日の帰宅は午後7時と書いてあるよね」ユカリが玄関横のホワイトボードを指さす。そこに全員がその日の予定を書きこむことになっているのだ。 「松ちゃんのすっぽかしや遅刻は、ユキオの誕生日会、綾子さん主催の映画観賞会以来だね」とタカシのチェックが入る。  乾杯でようやく歓迎パーティが始まり、エミが挨拶した。勤務先のIT企業は、障がいを持つ社員が大半だが月給10万円を実現していること、留学したスウェーデンは福祉先進国で自立した障がい者が胸を張って生きていることなどを熱心に語ると、 「私だって10万円もらっているわよ」とカフェで働くユカリが口をとがらせた。「お客さんはコーヒーを出すのが遅くても待ってくれるし、レジで間違えると教えてくれるんだ」。  福祉作業所で安い給与で働くユキオが「僕は忘れ物が多いから稼ぎは悪いけど仲間と働けるだけで幸せ」とぼそっと言う。  大企業勤務のタカシは「あのアインシュタインやエジソンもアスペルガーだったという説もあるよ」とみんなを驚かせたあと、「会社で、課の全員の社員番号と名前をすらすら暗唱してみせたら課長は目をパチクリさ」と笑わせる。  パーティは盛り上がった。楽しかった。その時は翌日から吹き荒れることになるエミ旋風のことは誰も予想できなかった。エミがまず問題にしたのは掃除当番だった。障がい者がちゃんと掃除当番をこなしているのに松山と山下、綾子は時々さぼっていたのだ。  次に、エミは冷蔵庫の使い方にかみついた。中を8等分して共同で使っていたが、まとめ買いをする松山や山下はどうしても他の人のスペースを侵しがちだった。健常者の帰宅が遅く、みなでいっしょに夕食をとる機会が少ないこともエミは舌鋒鋭く批判した。 「健常者と障がい者が家族のように暮らすというのがこのアパートのコンセプトでしょう。でも、実際には、健常者は障がい者に迷惑をかけているじゃないの」  エミはズバリ核心を突いてきた。確かに、親が送ってきたお菓子や果物を配ってコミュンケーションをとろうとしていたのはユカリたちだった。  そんなある日、エミから「車いすテニスに挑戦してみない?負けた側が勝った人の要求に従うの」松山と山下は誘われた。学生時代テニス部にいた松山と運動神経のいい山下は喜んだ。「生意気な新参者をギャフンと言わせてやろうぜ」山下は自信満々だったが、結果は散々だった。車いすは操作が難しくボールを打つどころではなかった。 「障がいは個性なの。それを別にすれば、あなたたちと同じ普通の人よ。楽しく飲んで唄えばいいと思っているコックに、頭でっかちの福祉専門家、慈善家ヅラしたNPO、そして、いじめっ子だったエリートの松山君。健常者は何か勘違いしているんじゃないの?アパートのルールをちゃんと守るか、出ていくか、どちらかにしてちょうだい」とエミはきっぱり言った。 「ここを追い出されては困る」と松山が答えると、「安くて便利だからね」とエミがたたみかける。図星だった。松山が中学生の時、弟が事故で障がいを負い、責任の押し付け合いで両親は離婚した。それで弟が嫌いになった。障がい者の弟がいるという事実は友達にはひた隠しにしていたし、実は弟の世話もほとんどしたことがなかった。アパートに入居する時だけ、弟の障害を利用したのだ。 「弟は事故で車いす生活なんだ」 「そう。弟さん、私と同じね。松山君なら仲良くしているんでしょ。私、小学校でいじめられた時は悲しかったけど、一度、雨の日ぬかるんだ坂道で苦労している時、あなたに助けてもらったことがある。うれしかったわ。覚えている?」  思い出した。あの時、エミは雨に濡れて泣いていた。普段、強気なエミからは想像もできない姿だった。困っていた。だから助けたんだ、素直な気持ちで。  その時、ポケットの何かが手に触れた。そうだ、今朝、弟から手紙が届いていたんだ。すっかり忘れていた。急用かなと思って開けると、「兄さん、誕生日おめでとう。いつも心配しているよ。銀行忙しいだろうけど、時には帰ってきてね」  胸を突かれた。暖かい感情が湧いてきた。今度の週末、実家に帰ろう。そして、新緑の中で車いすを押してやろう、そう思った。 (完) ◆希代 準郎 作家 日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこに関わる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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September 03, 2020 at 11:01AM
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